J.LEAGUE TECHNICAL REPORT 2023 SUMMER
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4年間の流れの先にあった「番狂わせ」■■■■■■■■■■■■■■■■■寺 門 「2つ目もロシアワールドカップのデータから浮かび上がった課題で、攻撃時のプレー時間を増やすことでした。森保監督が掲げる素早い攻守の切り替えを実現するために、デュエルの勝率を向上させること、そのために攻撃時のプレー時間を増やすこと。この両輪を組み合わせることを目標として設定しました」寺 門 「2020年の欧州遠征で対戦したカメルーンとコートジボワールとの2試合は1つのポイントでした。ロシアワールドカップの分析から、終盤でのデュエル勝率を高めなければならないという課題を持ちながらも、初戦のカメルーン戦(△0-0)では、75分以降からボール非保持時の高強度ランニングの割合がボール保持時の約2倍に達するというデータが出ました。わかりやすく言えば、守備で走らされたわけです。その結果、75分以降の走行距離で日本はカメルーンに大きな差をつけられました。続くコートジボワール戦(〇1-0)は、多少戦術的な修正を加えたものの、75分以降の日本の走行距離の落差はカメルーン戦と変わりませんでした。寺 門 「はい。どこでコンパクトにするのがベストなのか、コンパクトにした後にどんな振る舞いをすべきか、というテーマを持って戦いました。2021年9月のワールドカップ最終予選、ホームでオマーンに敗れた初戦(●0-1)はチームのコンパクトネスが失われ、ラインが低くなっていました。高強度ランニングの数値自体はそれほど落ちなかったものの、攻撃時の中盤エリアでの高強度ランニングが多く、相手のファイナルサードでの高強ライニを投入してきたベルギーに逆転を許したゲームです。一般的には、ベルギーの戦術変更と選手交代によって日本が不利な状態に陥ったと認識されていると思います。しかし実際には、シャドリとフェライニが入る65分よりも前から、日本はボールロストの回数が増え、攻撃時のボール保持時のアクチュアルプレーイングタイムが極端に減少していました。パスミスの回数も2.5倍に増えています。『なぜ、ベルギー戦の60分以降にあのような数値が出たのか?』という疑問から、最後の30分のデュエルの勝率を上げるという課題を持つことになりました」ね。もう1つは?高強度ランニングを『いつ、どこで、どんな時に使うのか』を整理することが必要でした。森保監督が掲げる素早い攻守の切り替えにおいて、ボールを奪った後の攻撃で効果的にチームのパワーを最大化するために何をすべきか。あるいは、ボールを失った時に相手の攻撃を無効化するために必要なことは何か。これを考えた時に、選手同士の適切な距離感をベースにしたコンパクトネスが重要になってきます。我々は、『世界との差』を埋めるためにコンパクトネスを重要視しています。これは『世界は何mで日本は何m』という話ではなく、90分すべてで世界を上回ることはできないという前提に立って、『局面で世界を上回り、仕留めるためにどうすべきか』を考え抜いた末に行き着いたのがコンパクトネスという結論です」寺 門 「はい。この試合の日本のDFラインはかなりコンパクトになり、アタッキングサードでの高強度ランニングも増えていました。先ほど触れた最終予選序盤のオマーン戦やサウジアラビア戦と比べると、より前のエリアで高強度ランニングが繰り返されていたのです。その結果、75分以降の攻撃時のスプリントはオーストラリアと比較して300mの差を出せました。試合終盤に相手を仕留められるだけのパワーを使えたわけです。もちろん、試合展開、相手のストロングポイントやスタイルによっても表れるデータは変わってきますが、選手同士が近い距離にいて、守備面では相手を自分たちの意図するエリアに誘い込み、選手が前向きな状態でボールを奪取するために、縦20m×横40.32mというサイズは有効だと考えています」寺 門 「ドイツ、スペインの攻守の切り替えの速さ、とりわけネガティブトランジションの厳しさは強烈なものがあります。対戦が決まった時は、チームをよりコンパクトにして、ボールを奪った瞬間に、誰がどこにいるのかをイメージできる状態を作ることを目指しました。ドイツ戦(〇2-1)、スペイン戦(〇2-1)ともに、相手のゴールを見据えてボールを奪い、前向きな状態から出ていくイメージを持ち続けながら、日本は後半の勝負どころで10対10のフルコートマンツーマンを仕掛けました。2021年10月のアウェイでのサウジアラビア戦(●1-0)でも、それと似たようなデータが出ました。この分析結果から、コンパクトにすることは大前提として、コンパクトネスを守備ではもっと前のエリアで、攻撃ではよりアタッキングサードのところで発揮しなければならないという認識が生まれました。高強度ランを発揮できる量は限られていますから、我々はデータを分析しながら、そのパワーを、いつ、どこで発揮すべきかを突き詰めていきました。その成果が出たのが、三笘薫の終盤の2得点でワールドカップ出場を決めた2022年3月のオーストラリア戦(〇0-2)でした」度ランニングが少なかったというデータが出ました。コンパクトネスについても、守備時は自分たちのペナルティボックス付近の深いエリアに偏っており、攻撃面ではある程度ボールは支配しているものの、全体の位置情報としては相手のペナルティボックスから12mの位置で推移していました。つまり、相手に上手く守られているという状態ですね。――― 基準となるデータを定めてチーム強化を行った効果が表れたわけですね。2026年北米ワールドカップへの新たな課題――― ドイツやスペインと対戦したFIFAワールドカップ カタール2022では「インテンシティ」「コンパクトネス」という指標から、どのようなゲームプランを立てていたのでしょうか?日本の選手たちが、1対1のデュエルで上回れるという公算は、前年からの欧州選手の分析の中で森保監督とすべてのコーチングスタッフが持っており、あのスタイルを取れるという確信もありました。大事なことはそのスタイルをいつ、どこで出すかです。ドイツやスペインを相手に、コンパクトネスを維持しながら強度を落とさず、タイミングを見計らってあのスタイルで仕留められたのは、90分をトータルで見た森保監督の戦略によるものだと考えています」座談会「世界との差」は可視化できるのか?■■――― なるほど、ロシアワールドカップから地続きの課題だったわけです――― では、森保監督就任以降どのような経緯で「インテンシティ」や「コンパクトネス」という指標が導入されることになったのでしょうか?――― 高強度ランニングの量だけを重視するのではなく、プレーエリアを整理することで後半の落ち込みを避けようという狙いですね。そのための指標が「コンパクトネス」であると。

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