■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ルドカップのフィジカルデータ分析において、測定された様々なフィジカルデータの指標と勝率に正の相関関係は存在しなかったと結論づけている。実際に優勝したアルゼンチンは試合ごとの平均走行距離は32カ国中で下から3番目、高強度ランニングの平均距離は下から5番目だった。また、日本の壁ベスト8に進出した8カ国の中で、出場32カ国全チームの平均値より上回った平均走行距離を記録したのは、ポルトガルのみだった。つまり、ベスト8のうち7チームが大会平均値より下回る走行距離で勝ち進んでいったのであり、どちらかと言えばデータ上では「勝ち進んだのは走っていないチーム」だったということだ。極端に言えば、長いシーズンを戦うリーグ戦はもちろんのこと、短い期間で何試合もこなすワールドカップのような大会であれば、フィジカル的な負担がないサッカーで勝った方が良いという考え方もある。走らないでサボって勝つことほど効率の良いものはない。そしてデータ分析におけるもう1つの重要な大前提が、繰り返しになるがデータというのは両チームが勝利を目指してプレーする中で生まれた副産物に過ぎない、ということだ。「うちのチームはスプリント数が足りない」と言ってスプリント数を増やすためにトレーニングする、それはまさに本末転倒だろう。勝つためにプレーし、勝つためにチームの様々な面を向上させた結果として、スプリント数が増えていたり、または減ったりすることに後から気づくだけの話だ。合で8キロしか走らず、スプリントは20回だったとする。フィジカルデータ的にはAという選手が優れていたことになる。だが、その選手が本当に必要な時に必要な場所に必要なタイミングで必要なスピードで走ったとは限らない。A選手の走行距離の半分は、不適切な時間帯に不必要な場所へ誤ったタイミングで周りに合わせずに速過ぎるランニングをしていたかもしれない。一方でB選手の走行距離はすべて、必要な時に必要なスペースへ完璧なタイミングで状況に合わせたスピードでのランニングだったかもしれない。だとすると、B選手の方が優れた選手ということになる。実際に、FIFAのカタールワールドカップにおけるFW登録の全選手のフィジカルデータの研究では、「世界最高のFW」と呼ばれているメッシ、エムバペ、レバンドフスキの3人が、走行距離と高強度ランニング距離の両方の指標で最も低い数字を残した。同時に、上記のFIFAの研究はカタールワー例えば、自チームが自陣深く守ってロングカウンターで仕留めるのが得意なチームだとしよう。だとすれば当然、前方向への長い距離のスプリントの数は増える。では逆に、そのような特徴を持つチームと対戦するとしよう。そうすると当然、自チームは相手陣内まで攻め込むがそこでロングカウンターを食らうので、その時に自陣に向かって後ろ方向へ長いスプリントをする機会が増えるのが自然だ。にもかかわらず、そのデータを見て「うちのチームは前方向へのスプリントが少ない。ここを改善しなければ!」と言い出すのは非常にナンセンスである。実際に、カタールワールドカップでの日本の試合ごとのチーム走行距離データを見ると、最長を記録したドイツ戦と最短を記録したコスタリカ戦で、実に16.3kmもの開きがある。選手1.5人がいないぐらい分の走行距離のロスである。では、日本はコスタリカ戦でサボっていたのか、またはコンディションが悪かったのかと言われると、あの舞台でそんなことがあり得るわけがない。データには、このような自分たちと相手の戦術や相性や力関係だけでなく、気候や天候、その時のスコアなども関わってくる。両チームが勝利を争う中でそういった複合的な要素も合わさって生み出される、つまりあくまでゲームのコンテキスト、ストーリーの文脈によって生まれる副産物がデータであるにもかかわらず、出てきた数字を見比べて何かに言及しようというのは、まるで「川の向こうの桜はもう咲いてるのに、こっちの桜はまだ咲いてない。おかしいなぁ」と言いながら、咲いている花びらとまだ咲いていない蕾を一生懸命見比べるようなものである。もし、その理由が知りたいのであれば、見るべきは日当たりであって、土壌であって、剪定時期などであろう。様々な外的変動要素が複雑に合わさった最後の結果として現れるだけの花びらを見比べても、答えは見つからない。今回の分析を振り返った時、選手個々のコメントからわかる通り、選手の目線ではミクロな視点で様々な学びと経験が得られたと言えるだろう。しかしながら、チームとして比べた時、欧州クラブにとっては慣れていない日本の猛暑の中で、それもプレシーズン初期でまだコンディションが上がっていない状態、「裏抜け数」が少ないというデータ分析から何が読み取れるか?
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